2007年度1学期水曜4時限「認識するとはどういうことか?」

            第9回講義(2007年6月20日)                

     

§8 心身問題

 

1.「観念論か実在論か」から「心身問題」へ

■問題の逆転

「観念論か実在論か」という問題では、「対象の知覚像の背後に物自体が実在するかどうか」が問題であった。

「心身問題」では、物が存在することは前提されていて、「心は物と同一であるのかどうか、もし異なるとすればそれはどのように存在するのか」が問われている。

つまり、問題は、逆になっているといえるだろう。

 

■なぜこのような逆転が生じたのだろうか。

心の哲学は、分析哲学から生まれてきたものである。分析哲学は、ラッセルやムーアの観念論批判から生まれてきたので、分析哲学では実在論が一般的である。

心の哲学は、認知科学や脳科学やコンピュータ科学の進歩によって始まった議論である。これらにおいて、それらの科学が扱う対象の実在が前提になっている。

 

■他方で、科学的実在論をめぐる議論があって、この論争は続いている。この論争は、「観念論か実在論か」という伝統的な論争を受け継いでいる。 もし脳科学に関して、実在論をとらないとすると、そのとき 脳過程は、脳科学者による<観察とそれに基づいての構成されたもの>であるだろう。我々に与えられているのは、規則性を持つ現象である。観察は個人のものであるが、構成された物は、公的なものである。これらは脳についての三人称の記述である。これと、その脳自身がおこなう自分の心についての一人称の記述は、どう関係するのだろうか。これは、記述として同じ世界に属している。では、その世界の中で、我々は脳についての記述と心についての記述をどのように関係付けることになるだろうか。

■「実在論か反実在論か」は、心身問題とどう関係するのか?

 

2、心身問題に関する立場の整理

<参考文献、サール『心の哲学』山本貴光、吉川浩満訳、朝日出版社)

二元論Dualism

   ●実体二元論substance dualism: 
          デカルトDescartes, ポパーPopper, エクルズEccles,

    ●性質二言論property dualism: = 随伴現象説epiphenomenalism:
          ハクスレーThomas Henry Huxley (1825-1895)

一元論Monism

    ●観念論Idealism: Berkely, Hegel, Bradley, and Royce

    ●唯物論Materialism

       ○行動主義Behaviorism

            方法論的行動主義Methodological Behaviorism:

<心理学は客観的に観察できる行動だけを研究すべきだ>(サールより)
ワトソンB. Watson(1878-1958
            スキナーB.F. Skinner(1904-1990)

            論理的行動主義Logical Behaviorism:

<ある心的状態を持つということは、あるい種の行動への傾向性があるということに過ぎない>(サールより)
     ライルG. Ryle, ヘンペルC. Hempel

       ○物理主義Physicalism= 同一説identity theory=還元主義Reductionism(p.56)

            古典的同一説classical identity theory:

スマートJ. J. C. Smart, D.

ローゼンタールRosenthal,

ファイグルH. Feigl

                                       アームストロングD. M. Armstrong

               タイプ同一説type identity theory:

               トークン同一説token identity theory=機能主義 functionalism:

                                  ブラックボックス機能主義black box functionalism

                                  コンピュータ機能主義 Computer functionalism

        ○消去的唯物論Eliminative materialism:

ローティR. Roty,

ファイアーアーベントP. Feyerabend,

チャーチランドPaul and Patricia Churchland

        ○非法則的一元論Anomalous Monism: Davidson

     ○生物学的自然主義Biological Naturalism: John Searle

 

3、心身問題における中心問題:「同一説はただしいのか?」

物理主義Physicalism= 同一説identity theory=還元主義Reductionism(p.56)

  コンピュータ機能主義 Computer functionalism=強い人工知能 Strong AI

 

(1)クオリアqualiasg. quale)をどう説明するのか?

同一説=機能主義への批判:それはクオリアを説明できない。

<思考実験>

■逆転スペクトルの思考実験
 (もし、すべての人が赤色を見るときのシナプスのパターンが発見され、すべての人が青色を見るときのシナプスのあるパターンが発見されたとしても、その同じパターンを人々が持つときに、
私が見ている色のクオリアと同じ色のクオリアを他の人が持っていることを証明することはできない。なぜなら、私の色のクオリアを他の人に示すことはできないからである。つまり、どんなに脳科学が発展しても、ある脳状態ないし脳過程があるクオリアに対応することは証明できない。

■トマス・ネーゲル「コウモリであるとはどのようなことか」

■フランク・ジャクソン「メアリーが知らなかったこと」
色盲の神経科学者メアリーが、初めて色を見たとき、彼女がはじめて知るのは、クオリアであり、それ以外にはない。
■ジョン・サール「中国語の部屋」
 (これはStrong AIに対する批判、つまりチューリング・テストをパスしても、心があるとはいえないということを示すための思考実験)
中国語をまったく理解しないサールが、内容をまったく理解することなく、中国語の記号が入った箱とルールブック(意味論に関わる辞書のようなものはない)をつかって、中国語の質問に中国語の返答をするという思考実験。

 

○「クオリアはどのようにして発生するか」この問題には、これまでの自然科学の手法では答えることができない。(しかし、これを脳科学で解明しようとする立場もある。茂木健一郎)。

○クオリアの存在をもとに、同一説を批判するものは、クオリアを脳過程に付随する(supervene)現象である、と捉えることになる。あるいは、クオリアは脳過程に還元できないと主張することになる。

「クオリアがある」という言明は、どのようにして正当化されるのか。「所与の神話」を考慮するならば、それは少なくともクオリアだけによって成立するのではない。「クオリアがある」というためには、志向性が必要である。この志向性が、同一説で説明できるかどうか、これが、クオリアについて考えるときに、重要になる。

 (来週は、この志向性について、考えます。)